• むらかみすいぶん

元旦×甲骨文字


平成31年1月1日20190101太陰太陽暦1126戊戌35

~藝術家たちは「かたち」をもっている。その「かたち」の中からあらわれてくるものは、もっと深いところからやってきたものである。ルネ・ユイグ~かたちと力(1971)~

365日甲骨文字001  元旦の「旦」甲骨探究。

モバイルワード:お餅!?じゃないよ。(金文)

元旦の二文字は、それぞれ、すでに甲骨文字に刻まれている。

一年の最初の朝として、甲骨文字の刻まれた商時代から存在するこの文字からはじめよう。

【旦】5画[音]タン[訓]よあけ・あさ・あした

「旦」34000年前の実際の甲骨には、

1明け方の時間帯を示す用例。 2祭祀名としての用例がある。甲骨文合集32718

→下部拡大水分トレース

于南門 于旦(祭祀名 合32718)

南門に于いて旦(祭祀名)せんか。

水分超訳:朝いちの朝拝(旦)は南門にて。

旦:太陽+丁(□)

造形思考:長方形のかたちは城壁を表す「丁」(邑)のかたち。横棒の一ではない。都の城壁から太陽が昇る。視点は一点だけではない。

〔説文〕七上には「明なり。日の一上に見(あら)はるるに從ふ。一は地なり」とし、下線を地の地平線とみなし地平線から太陽が現れるとするが、当時より千年前に刻まれた甲骨文字まで遡ると新たな事実が刻まれていることが証明される。

白川翁は金文の象形から日が雲を破って出る形であるという説。しかし甲骨の造形は□であり雲とは関係がないであろう。落合説は日の下に四角形や日を加えた象形とするが、日の出直後に、低い位置にある太陽が水面に映った様子とする。丸い太陽が水面に映ると□(四角)く見えるのであろうか。。。実際の甲骨文字を見ると、円形の太陽の下部には、□(丁)が刻まれている。

甲骨文32718(祭祀名「旦」合32718)の祭祀としての用例を再考すれば、邑(城壁)の前の南門での祭祀であるから、旦の下線の原型は地平線でも、雲でも水面でもなく、城壁である。そう、大邑商(□)の城壁の南側の門から、太陽が昇る様子ではないか。我が国でいえば平安の朱雀門の早朝の朝拝の刻のよう。。。

K=金文 S=説文

お餅!?じゃないよ。(金文)

金文は青銅器に鋳込まれた文字。なかでも初期の商王朝末期から周王朝初期にかけての商周圖象金文は重要である。その後、大陸では青銅器時代が、世界的にも稀に長い期間續いたために、金文資料の範囲期間は広く、その数は多い。

金文考察:廷礼冊命(さくめい)をしるすものに「旦に王、大室に各(いた)る」というものが多く、重要な儀礼は旦・昧爽(まいそう)・昧辰(まいしん)のように、早朝に行われた。政を朝ともいい、朝政の語がある。また現代の日本の神社でも多くの神社で「大祓詞」を奏上する朝拝が日々、斎行されている。

SuibunTrace2019[旦1合27446旦2合29272旦3合29776旦4合34071 ]

甲骨文字「旦」

3400年前の甲骨文字の原初の姿。 

この言霊「旦」の原始のチカラを感じ取れる一年の始まり。

まさしく原初の言霊の夜明けを感じたい。

補足⦿元旦の「元」はヒトの頭部を強調した象形であり、「はじめ」「始原」を意味する。遠い祖先神の集合体「元示(匚乙・匚丙・匚丁)」や「六元示(上甲・元示・二示)」などの用語が刻まれており、祭祀名や地名としての用例もあり。重要な原始甲骨文字のひとつである。⇒「元」生命ひと項目(8月8日紹介予定)

元旦という言霊造形が3400年の時世を超えて、現代でも使用されていることは喜ばしい現実だ。これからも朝拝は断絶されることなく續き、言霊咲きわう國に、一年のはじまりの「元旦の言霊」を。

<コトダマ(事霊)の語~万葉集より三例あり>

志貴島 倭國者 事霊之 處佐國叙 眞福在与具 万葉集13巻3254

磯城島の 倭の國は 事霊の 助くる國ぞ ま幸くありこそ。

コトバのチカラが世界を救ってくれる。

そんな風にうたう歌(万葉集)が遺されている。

先人の先人の先人の、、、、、「詠み人知らず」の甲骨のうたを。

コトダマ造形の夜明けを。原姿の発想の根源から願う。

原姿力発想01旦 了

#甲骨365日

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