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未考2 時をかける老若。妹の時。

前回は十二支「未」造形の艸木に関連する文字が「木」をベースにしていること。

「生きる」「求む」「奏じる」など、その豊かな發想が我々の使う漢字に内在していること。

その上で次に「未」そのものの要素を含む文字、関連する甲骨文字を探究していく。


現代では、姉妹、兄弟などの用語があるが「姉」という文字は甲骨文字にはない。

しかし「女+未」造形で刻まれた文字は存在していた。


妹といテーマは古今東西、さまざまな分野でえがかれる。


柳田国男は1942年に古代日本における女性の霊力に関する神秘の力、祭祀を描いた。予言者、鬼、生け贄、女たちのテーマで「妹の力」という著作にまとめられている。



草壁サツキの妹はメイである。好奇心旺盛な4歳の女の子

宮崎駿「となりのトトロ」その伸びゆく未来は神隠しとなる。


小野妹子は列島の國が未来へ伸びゆくために、願いを込めた「妹」の名称をもつ。

西暦607年、時は7世紀の初め、推古天皇は隋と国交を結ぶため小野妹子を使節とした遣隋使 を送る。

使節である小野妹子が持参したその手紙は、隋の皇帝煬帝(ようだい)を激怒させた。

列島にとっては「未来」を開くために必要であった「妹子」。


そして「春と修羅」永訣の朝には「伸びゆく未来」そのものであった妹へ賢治はうたう。

けふのうちに とほくへいってしまう わたくしの いもぅとよ

今日のうちに遠くへ行ってしまう私の妹よ

賢治は最愛の妹であるトシの死を追悼する。遠く遠くいってしまう。

艸木も、ジャックと豆の木も、がん細胞も勝手に生長してしまう。


「未」造形は、伸びゆく艸木。その造形は時間を表現した。



夜明け前、それが「妹」造形の甲骨文字の最初に刻まれた意味である。




「者」という時間造形↓


時を表す意味をもつ「者」は、上部が「未」に似た樹木の造形。

その樹木は霊気を帯びたかのように、ゆらゆらと揺れている。


來者…現在

今者…将来

時制表現。





上部造形のグルーブ感を描く「揺れ」は、そのまま「今」そのときや、

「来」を冠して、これから來たる「時間」を表現している。

下部造形は口(さい)である。


しかし

漢字では、おいがしらと、日になってしまった、残念な文字変遷である。

また、次に紹介する「老」なども同じ要領で漢字に変換されて現代の漢字に至った。




なびくような艸木の表現は、同じように魂振りを演出しているような髪の毛としても描かれる。

この髪の毛が自然に「伸びゆく」艸木と類似、そして「者」にある萌える時間は

承諾の意味をも持つ「若」となり、

「老」は諸説アリ。要考察の文字である。



時間は老若平等に訪れる。

年配になると神職は立礼でおこなう事も多い。

「老」造形を見ても感じるが、杖をもって祭祀をしても良いと私はおもう(※個人的な意見)


身体の変化は受け入れるしかない。

誰にも若いときがあり、老いは次のステージである。

甲骨文字にも時間の意味を含めて、老いゆくひとを描いている。



艸かんむりになってしまった「若」は「承諾」の意味でも刻まれている。

艸かんむりは原義とは何も関係がない。

文字変遷をたどると戦国時代から前漢にかけて、秦の始皇帝を中心に「篆書」と呼ばれる時代があった。

合理的な王国は、統一により利便性が上がり、システムが強固となる。

同時に多様性を失い、小国のかけがえのないものが消され、おそらく焚書坑儒は大きな断絶を引き起こした。


かつての造形にあった豊かな発想は、権力者の都合で利用され、権威的な記号に成り下がった。

篆書への移行は、現代のAIのごとく均一のシステムのために生まれたものである。

その反動は漢代へ、そして隋唐で、それぞれ大きな歴史的変遷をたどる。


文字の歴史は深淵なもの。


しかし現代書道や漢字教育のマニュアルは腐りかけて、名ばかりの文化は異臭を放っている。

その異臭すら感じない思考停止の書家、篆刻家、教育者。文字をなりわいにして埶朮や文化を教化できるのか?言葉の定義以前の、文字の再定義を根本から、あらためなくてはならない。


切に願う。

諾してくれ。

若さではない「老」の謎も解かねば。。。




「老」「考」 甲骨文は多様な視点で解釈可能。いまだ考察中。。。




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