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12亥考4 おもてなしと祝家。

「おもてなし=賓」は3400年前の祭祀儀礼として刻まれている。

それは経済効果のために、観光客を騙し、外人を労働力の数値として計算することではない。

「おもてなし」は、自然とのつながり、地球に住まわせてもらっているささやかな生命体として、

気合いを入れて、緊張感をもって臨む祭祀である。


家は宗教施設であり、また神話系譜上の最高神の家:上甲の家でもあった。



宀(べん)造形は、お宮(建築物)の屋根を象る。現代漢字の部首としてはカタカナの「ウ」に形が似ているところから、漢字の部首でいう上部の冠(かんむり・かしら)としてウ冠は「うかんむり」とも呼ばれる。

屋根の形を表し、のち家屋に関する漢字の多くがこの「宀(うかんむり)」を含むが、甲骨文字では重要な建造物としてお宮(祭祀施設)をあらわしている。原初は御宮祭祀に関する重要文字としてはじまった。

その宀(屋根)に守られた文字は今も漢字として継承されている。

 示を置けば「宗」…宗廟、在宗(宗廟に在りて)として卜辞

 蹲踞し祈る仕草「安」

 貴重な貝をいれれば「寶」、

 力(耜)を上下反転させてたてかけた「宅」

 又(手)を含む「守」は「守伐(軍事防衛祈願)」などの祭祀名の用例がある。

衣食住の住む場所は雨から頭上を守ってくれる屋根でもあるが、数字の六も同じ造形である。宀(建築物の上部)の象形から6の数を「宀」と記すことにしたのか。甲骨文以前にある僅かな考古学的資料や、匋文などに見るシンプルな記号造形を見れば、もしかしたら易経の原初の数字概念や、数の占卜儀礼が先にあったのかもしれない。



 家は宀(ベン)+豕(※亥)で、現代の漢字では中に「豕(いのこ・ぶた)」とするが、甲骨造形は豚の造形と限定してはいない。甲骨片の用例を詳細に考察する必要があるが、甲骨文では「上甲の家」として、祭祀対象として刻まれている。

 上甲とは、神話上の祖先神の中でも最高神に位置する。祈る対象として数多く登場する神のひとつで、神代は「上甲、匚乙、匚丙、匚丁、示壬、示癸」の六代である。甲骨時代において、すでに大乙(創始者)の前の系譜が、のちに付されて祖先神として追加設定した可能性も高い。

 我が国(日本)では神代七代(かみよななよ)として、日本書紀には「國常立尊(くにのとこたちのみこと)」を含む三代の乾道独化(けんどうどっか)と、乾坤男女対の神四代で七代が、天地開闢から三柱の神へと続いて化生し、古事記では高天原の造化三神、別天神のあとに誕生する「國之常立神(くにのとこたちのかみ)」から「伊邪那美神(いざなみのかみ)」までを「神代七代」とする。

 神話における系譜に神代と、数的に類似する。基本はすべて文字創成期の甲骨文字の発想にすでにあった。



現代漢字「家」は、のちに家族の意や家屋の意味に使われた。牡豚となり家畜小屋の意味に変遷してしまうが、原始甲骨造形では、豚ではない「亥」造形の異体字(現代漢字からみて)もある。

祭祀施設や宗廟の意味をもつ、犠牲を埋めて地鎮を行った建物は現代の地鎮祭にも通じる。


次に「賓」は、ひとことでいうなれば「おもてなし」を意味する祭祀名である。





亥造形を宀(御宮)の内側に入れると「賓」となる。賓は、自然神~祖先神まであらゆる外界の畏怖の対象を「おもてなし」する祭祀として刻まれている。(べん・お宮)の中に「亥造形」→祭祀名として数多く刻まれた「賓(ひん)」は、祖先や自然の神々への重要な祭祀であった。神々を迎えた「おもてなし」祭祀であった。


迎賓館は、海外の貴賓や要人を招くが、そこに「祭祀」はあるのか?

まねいた人間をおもてなしするのではなく、招いた方々とともに宗廟に報告するのが本来の祭祀的な迎賓であろう。戦争の反省をせず、国家神道の過ちも有耶無耶にして、宗教と祭祀の教育すら怠った列島は、新興宗教やオカルトや霊感商法、詐欺に容易くひっかかる「いのりを知らない」国民になってしまった。

 この数十年で失ったのは、政治経済だけではない、祭祀と教育である。神道を「なにもない」というアホ学者や、戦後の神社神道の組織を、学ぶことなく、信じるだけの烏合の民。信じる信じない以前の事実認識が大事である。漢字教育は戦後の当用漢字をそのまま常用漢字にして小学生に「組」は教えても「祖先」の「祖」は教えない。幼稚な子どもファーストの皮をかぶった、おそろしい漢字教育である。祖先なんか知らなくていい、赤組白組、わいわい~ともだちだいじ~らしい。世も末である。


 「もてなす」のは誰なのか。なんのために「もてなす」のか。



(べん・お宮)の中に「亥」→家(P223)

…宀+亥(※万ぼく)~祭祀表現造形。※金文で、財貨「貝」を加えた繁文が作られ、篆書で万が正のようになり、楷書で歩~新字体は少となった。貝(お金)を加えておもてなしする以前は、貝は付加されていなかった。文字変遷を見れば、政治と経済に支配されていく、人類の退化してゆく過程も明らかにみえる。

文字が権威的な組織の利用しやすいように作り換えられるたびに、発想の根源が遠のいてゆく。

無駄な難漢字ばかりが時代の流行で追加され、それを覚える不毛教育が思考停止の民を支配する。

こんな状況を一刻も変えねばならない。漢字教育のみならず、小手先の書道篆刻の衰退も同じだ、

文字を教える人間が文字の本来の造形を知らない。

文字を知らない書家や篆刻家が、小手先のもので「藝術」や「文化」などと言う。


文字の埶朮において、文字探究は必須である。

〔玉篇〕に「客なり」とあり、客とは客神である。

〔詩、周頌、有客〕は、殷の祖神を客神として周廟に迎えることを歌う。賓は客神。またその客神を迎え

送ることを、賓迎・賓送という。それよりして人に返報するを賓といい、主に対して客礼をとることを賓と

いい、主従の礼をとることを賓服・賓従という。

のちの文献には、甲骨文字の「亡失文字」の記述はほぼない。



異体字も多く「亥」造形の変形として考察が深まる。

「亡失文字」はその解釈が定まらないものが多いが、刻まれた事実と向き合おう。



まとめ 賓…祖先や神々を宀(お宮)へ迎えいれて、もてなす祭祀。神霊を迎えるときの祭祀儀礼。

甲骨文には作賓。祭祀を作(な)すために。※賓為、為賓ともいう語も刻まれている。















 


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