コトバには生まれもったチカラが宿っています。その原点を辿ってみれば、何千年も前の古代人々視点に
驚かされるでしょう。その刻跡の痕跡をたどる旅は果てしない。
むかし、むかし…おおむかし
文字が産まれた瞬間は、紀元前。キリストもブッタも孔子も生まれていない。
3400年ほどのむかし(紀元前1400年くらい)の大陸は、商(殷)王朝時代。
日本ができる凡そ2100年前くらいかな。もちろん国としての中国も北朝鮮も韓国もありません。国境なし。
さらに古代の古代は日本海も、ちいさな湖で現在の東アジアと呼ばれる地域は陸続きの大陸だったかもしれない…
甲骨文が大量に刻まれた時期は王朝後期300年ほどの長きにわたり、現存する最古の甲骨文は、
武丁(殷王朝の王)時代の遺産で第一期と称される。
甲骨文字が現存最古の(漢字の最初のすがたの)資料である。
最古は最新の発掘で甦る。まだまだ人類の過去の記憶は、未来に更新されるかもしれない。
現時点では甲骨文こそが原始の人類(古代人)の発想の原点だ。
この大陸から、はじまった。東アジア文化は連綿とつながりながら、受け継がれていった。
わたしたちの言葉は、とても豊かだ。
平安の先輩たちに感謝しよう。
ひらがなが生まれる瞬間
カタカナが生まれる瞬間
漢字が生まれる瞬間
そして
甲骨が刻まれたその原点にまで
さかのぼることができる
そのはじまりは
深く深く 刻み込まれていた。
ヒトは自然から学んだ。
その感性は、現代のわれわれに失われた野生の思考を呼び戻す。
その暮らしの中で
文字を刻み、共に世界が大きく回り始めた。
人類が歩み始めたのだ。
甲骨を刻んだ古代人は、漢字が読めるかもしれない。
驚きと感動の世界へ

Ancient inscriptions
甲骨文字とは?
漢字の起源となった文字。亀の甲羅や、牛などの獣の肩甲骨に刻まれた文字で、甲骨文という。3400年前の商(殷)の時代に、王が戦争や狩猟、天候などの吉凶を占ったので卜辞(ぼくじ)とも言われる。発見は近年で1899年とされる。ロゼッタストーンなどで解読されたヒエログリフよりも早く、より正確に解読が進んだ。甲骨が多数発見された大陸の殷墟(現在の安陽)は、世界遺産。2019年は甲骨文字発見120周年の記念すべき年となる。
文字変遷:
商(殷)王朝の後、西周時代には青銅器に鋳込まれ金文が主流となり、甲骨文字は土に埋もれた。前3世紀末には木簡、竹簡、帛書などの様々な國の春秋時代の篆書、隷書を経て、三世紀に王羲之、紙の普及、七世紀ごろには現在のような草書行書楷書に。半島、列島にも仏典と共に漢字として確立された。何千年もかけた文字の変遷の原点は甲骨文字から辿ることができる。<邑守水分所有『安陽(亀)(青銅器)資料・水分テキスト『古代文字道場テキスト』より>

