015 学(學)

平成31年1月15日(火曜日)20190115太陰太陽暦1210壬子49

原姿力発想015お宮5學

学問には、出発はあっても到達はない。到達したと感ずるのは、進行をやめたときである。

<風雲に寄せる~白川静「桂東雑記~拾遺」>

追悼

日本文化や歴史を独自の視点で研究し、大胆な仮説を展開、幅広い分野で発言された。

独自の古代史論と、白川静翁の東アジア思想や文字学の対談トークは、甲骨文字の面白さ、古代の祈りの世界の深さを世界に伝えてくれた。京都の学術や文化の中心的な存在で、京都のまちづくりや伝統芸能の発展にも力を尽くし執筆活動を続けた哲学者で文化勲章受章者の梅原猛(うめはら・たけし)さんが12日午後4時35分、肺炎のため京都市内の自宅で死去した。93歳だった。

白川静翁との対談本「呪の思想~神と人との間~」は2002年に出版。まさに「學(がく・まなび)」を興(おこ)す文字の話はコーフンすべき対談。先人たちの勇気が文化を育み、次の新たなる仮説へと展開してゆく。

心よりご冥福をお祈りするとともに、たくさんの著作をもう一度。心よりありがとうございます。

【学】8画(學)16画 [字音]ガク・コウ 

[字訓]まなぶ・おしえる

「學」とは何か。屋根のついた六(お宮)の上部にバッテン(×)だ。この「 × 」は何を表すのだろうか。お宮(宀)の上部を見上げてみる。千木である。

以前、自身の神職時代に、ご縁をいただいて、鎌倉の荏柄天神社で御朱印書きのご奉仕をさせていただいた。正月の時期には、受験生が多く、神社の御祈祷も大忙しである。学問の神。學と言えば、神社からの視点では菅原道真公や、太宰府天満宮、牛や梅のキーワードを思い浮かべる。

甲骨文字の原点はいかがであろうか。

そこには、二字。まなびの神さまが刻まれていた!!!

なんと!学のかみさまはいたのだ。

甲骨文において、十干(甲乙…)は神の名前として、登場することが多い。十柱のかみさまだね。いっぱいいる八百万の神さま的な視点である。そして学びの神は(戊:つちのえ)=「學戊」と刻まれていた。また、「学」の甲骨文の用法は動詞(V)(指導することの意味)でも刻まれている。「まなぶ」ということ。現代と同じである。甲骨文では、徴兵か、戦術を学び、対する敵に備える意味で読み取れる。

次に、学の造形を分析する。

学は「學」の旧字が原姿にちかい。

お宮の上部は千木であり、まさしく神社の表装だ。そういえば、江戸時代にも寺子屋があった。知恵の集まる目印が千木で、大きなお宮が、寺子屋的な役割をしていたのかもしれない。我が国も長いあいだ神仏は共にあった。

現代の漢字「学」には宀の中の子どもの文字が描かれる。しかし甲骨文字「學」には子どもは不在。お宮と上部の×(千木)、または×をつかむような手(両手)で表現されている。そだね。「学ぶ」とは、決して子どものためだけのものではないのかもしれない。ましてや、子どもを鞭で打つなど、のちの時代でつくられた解釈である。(最初の甲骨文字を見よ!)

學(S)~それ自体が、学び舎である。そして学びの象徴なのである。学(お宮)を、手(上部の両手)でつくる。お宮の建設は場所(方角)と材木(神木)、計算もせねばならぬ。神社建築同様、アートと科学と文化を作る学び。

日本にも多くお社があるが、「こんな場所に!」ありえへん建築も多く存在する(山の崖っぷちとか)。甲骨文字の中でも5期に分けて初期を探っても、既に1期から×(千木)も𦥑(両手)も刻まれている。

學のチカラ、とくに最初期の甲骨の原姿の學はシンプル(合952)である。

學の神!「學戊」を御守りにっ。

受験生に朗報です!!笑

最初のかみさまですよ~!

さ、梅原翁と白川翁の対談をもう一度たのしも~っ。

、、、梅原翁が回想し質問する「窖(あなぐら)にいる恐竜のようでしたな」

「僕はそんな古生物ではないぞ。現在に生きて、テレビも見とる」

とS教授は笑って答える。

原姿力発想015お宮5學 了。

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