

060 生 甲骨365
生きる とは何か。 SuibunTrace むらかみすいぶん古代文字(こつこつ甲骨文字)道場original text. 平成31年3月01日(金曜日)20190301太陰太陽暦0115丁酉34 原姿力発想060草木01 2019年も60日が経ちました。60文字目は「生」です 365日を半分に分けて 1月2月5月6月9月10月は、創造 3月4月7月8月11月12月は、生命 そして3月は「草木」4月は「自然」 木に纏わる甲骨Traceを日々、更新いたします。 生暮星朝蓺求奉奏不 木未来 者告 乗主 喪 林森(野)(春) 年季(委) 和香歴 來麦 竹盡(書) 「生きる」から「書」まで。すべて木々、草木に関する文字。 「生」は、祖先への祭りの名称でもある。 生きる とは何か。 ニンゲンハ考える葦である。 その感動すべき造形は「草木の芽生える」その生命力を表現している。 現代でも通じる「うまれたばかりの」の意味でも刻まれる。雛の生命↓ 甲骨文の読み方の正確なものは 古代人にしかわからない。 出来うる限りの想像力を羽ばたかせて、 traceした指先で感じ


059 泉 甲骨365
平成31年2月28日(木曜日)20190228太陰太陽暦0114丙申33 原姿力発想059祭祀28 娩泉 2月終わり! 新しい思想の創造はいつも、原姿力発想に通じる。 デュシャンの泉。 さらに古く、大陸の~甘味な水(醴泉)が湧き出てきた古典:九成宮醴泉銘。 そして縦の糸を繋ぐ出産。 泉は古代からのテーマである。 泉と娩とデュシャン 泉は、みなもと。源の源の甲骨文字のお話。原姿力発想の原(源)は「泉」の文字であり、股間を拡げた奥深きちいさき宇宙である。アートの深読みは、甲骨文字と波長を合わせる。作家の無意識も含め原姿の発想の根源には共通点があるのだ。 娩~出産を意味し、女性の胎内を表現している冖(べき)を両手で開く象形。 泉~取り囲む造形の一般象「る冖(べき)」、その囲われた源から湧出する水を「泉」という。 源泉(げんせん)から水を掬う表現か。 お水取り、※又を刀や、力にしたものもある(考察必要) 漢字~冖(べき)関係の甲骨文字 ◎泉に集まってきた生き物で古代人の目にとまったのは、隹、象であった。 水は命のみなもと。人間だけではなく「生きと


058 啓 甲骨365
平成31年2月27日(水曜日)20190227太陰太陽暦0113乙未32 原姿力発想058祭祀26啓 はじめ、ひらく門 啓く~泉まで2月終わり 神社の朝の作務は、お宮の扉を開くことから始まる。 門や戸にまつわる甲骨文字をトレースしていくと、その扉に必要な「古代の祈り」が想像される。生活の為に、そして閉じられた向こうの世界へと、導かれるその大事な境界線である。 その門の扉(戸)を啓(ひら)くと、、、 とびらを開く そこに晴れた開かれた世界が広がる。 このイメージは古代から変わらない。 ドアをノックするのはだれだ? 誰かがきみのドアをたたいてる。。。 普遍的な原姿力発想 啓 了。


057豊 甲骨365
平成31年2月26日(火曜日)20190226太陰太陽暦0112甲午31 原姿力発想057祭祀26 豊 喜びから豊かに。 旧字は豐に作る。 白川説は、食器である豆(たかつき)の器に、多くの禾穀(かこく)を加えている形。 供えものの豊盛であることをいう。 甲骨文では、施設名「豊」としての記述があり、大切な食糧や財貨を保管する施設といわれているが、この豆(たかつき)に載せてお供えしているのは「亡(亡くなった人々)」である! たかつきに丰(ぼう)=二つの玉が載る造形が、のちの時代に継承された。 甲骨文においては重要な祭祀名として刻まれている。 また新しいお酒。 祭祀において重要な御神酒の記述も「豊」の原姿である。 神道での神嘗祭は現代でも斎行されている。 江戸時代の書(貫名海屋)の「豊」 上部は、丰、たったひとつの、一品もの勝負の「豊」 豊かさとは何か。それは下部の器。ゆたかな太鼓の音と連動する。 現実に見えない響きあう豊かさ。 こんな原姿の発想もあるもんだ。 日々、豊かさを。 日々、古代文字ライフを! 原姿力発想057祭祀26 豊 了。


056 喜 甲骨365
平成31年2月25日(月曜日)20190225太陰太陽暦0121癸巳30 原姿力発想056祭祀25 喜 77歳のお祝いを喜寿という。喜びに鼓動がリズムを刻む。 ここまで大地に立ってきたんだ。生きてこれたんだって。! 2019年 大祓詞:甲骨 作品は、「喜」を中央に置いた。 それは、はじまりと終わりを意味するから。 太鼓の音。 音は神事で重要視される。 御祈祷は太鼓ではじまり、太鼓で終わる 手でもうつか。その場所、省察! バチで打つ! 輝きは空気を伝う! 喜びのリズム。 san 彡=輝きを表し、「彭」が響く。 美しいものには3つ以上の、理由(わけ)がある。 原姿力発想056祭祀25 喜 了。


055 庚 甲骨365
平成31年2月24日(日曜日)20190224太陰太陽暦0120壬辰29 原姿力発想055祭祀24 庚 重荷が、ひとを作る。BY家康。徳川 成長するということは、 イノセンスとグローインアップの反比例。 佐野元春は「街角から街角に神がいる」とうったう。 ああ青春には、答えなんてない。 歴史的にも庚から派生する暦と祖先神 庚の言霊力。それは音で世界を包み込む。 暦の「庚(十干)」で扱うが、十二支ほど認知度はない。 現代よりも、古代のほうが大切な文字の扱いを受けていたであろう。 この字形は何を意味するのかは諸説アリ。。。白川翁は両手で午(杵(きね))をもち舂(うすつ)く形とする。両手で杵(きね)を持つ象形という説が多いが、金文図形で誤って廾に従う字形に分類されたことによる変遷である。また、柄をつけて持つ楽器の鉦(しょう)~上に開いた楽器 のちの銅鐸か。吊り下げて音を鳴らす楽器の鐘(しょう・かね)下部が開いた造形とする落合説がある。この根拠は、+凡の『庸』の造形にある。 ★楽器説の根拠として、庚+凡(中空の容器)の文字が、祭祀儀礼に多く刻まれる。 祭祀


<番外編>東京国立博物館:顔真卿
先日の話ですが、、、 蚕(かいこ)の頭といわれる一画目の点が深く左へ回転して二画目へ、最後は燕(つばめ)の尾の如く右へとはらう「之」 顔真卿に「之(ゆ)」く。。。 番外編:彡(顔の輝き)顔真卿に並んで、並んで、また並ぶ。。。 確かに書は、その時代の人の顔でもあった。 筆文字あそびの歴史をズラリ紐解くと、個性的な文字ばかり。時代に翻弄された宿命。だからそうなった。 我が国の顔は、和漢朗詠集から。 それは繊細な平安風のみやびな線。 この違いは風土も関係しているであろう。 さて「顔」の文字は甲骨の時点では存在しないが、 その額(ひたい)の輝きを表すであろう彡(さん)は、甲骨に、しっかり刻まれていた! それは祭祀名。祖先へのまばゆい祭祀。 木の美しさものを「杉」といい、毛には虎彡(ひよう)・參(参)、 形あるもの輝きは形・彫、光彩あるものには彩・影・丹彡など、 文身には文彡(ぶん)・彰・虎文には彪(ひゆう)、酒香には酉彡(ゆう)、 鼓声には、音の輝き=彭という。 そして彦・顏(顔) 顔真卿の「顔」 現代の漢字には無いが、位牌(歹(がつ))に「彡(さん)」


054 辛 甲骨365
平成31年2月23日(土曜日)20190223太陰太陽暦0119辛卯28 原姿力発想054祭祀23 辛 商や言(語)の上部あるもの。その原型が「辛」である。 十二支十干の十干(かのえ);金の弟(後代の五行説)でもある。 あの麺も! 甲骨文字では、十二支十干の十干(かのえ)用例が多い。 辛亥革命とは1911年~1912年にかけて、清王朝を滅ぼし中華民国を成立させた革命のことです。辛亥というのは戊辰(ぼしん)・壬申(じんしん)などと同じで年代を表す言葉。甲骨文字では日付として刻まれる。辛亥革命から3000年以上前の、「辛亥」原姿! 辛は、耳や、身体(蹲踞)などの造形に組み合わせて刻まれている。。それらは刑罰なのかもしれない。。。 そして 現代では、壁というアートの キャンバス バンクシーの国境や壁を超えるには、 この文字の本当の姿を捉えて感じたい↓ 原姿力発想054祭祀23 辛


053 言 甲骨365
平成31年2月22日(金曜日)20190222太陰太陽暦0118庚寅27 原姿力発想053祭祀22 言葉 SuibunTrace2018-19 むらかみすいぶん古代文字(こつこつ甲骨文字)道場。 もしかしたら平成。 今、現代ほど、おしゃべりな時代はないのかもしれない。 古代文字に触れると文字の大切さが身に沁みる。。。 それは、攻撃的な発言だったり、自分に言い聞かせるコトバだったり 「言う」と「語る」は文字造形としても異なる。 大事なコトバは、実は少ない。 「言挙げせず」という神道的なメッセージは、 古代の厳かな自然の草木をも表現しているのかもしれない。 言の甲骨文字。 発言は、告白とは違う。「告」は祭祀名として、自然神への報告をする祭りとも考えることができるが、「言」もまた力強い祭祀に関する用語だ。 甲骨文ひとつひとつに、言葉の物語がある。 言と「吾」を合わせた「語」の文字は甲骨には見えない。 のちの時代に創造された文字である。 王羲之の「語」になれば、もはや言は、一直線の省略に。 甲骨文字「言」に合わさる甲骨トレース ここにもコトバの物語。 ぜ


052 商 甲骨365
平成31年2月21日(木曜日)20190221太陰太陽暦0117己卯26 原姿力発想052祭祀21 商 ヨコになびく書法「はたく」は曹全碑。 むかし、むかし、もっと昔の原点。。。 商 「商王朝と呼びなさい。殷は軽蔑名称である」と、叱られた。天の声さん。笑 ちなみ夏王朝なんてないんじゃ。 商(殷)王朝より前の「なにか」であれば、遺跡も各地に存在するし、「夏」らしき文字は金文で初めて出現する文字。夏(仮)王朝らしき王朝は商の前にも、いくつか痕跡があったであろう。という言い方が正しい。 大陸の国家意識としての中国が、夏の王朝を主張するのは当然である。何故なら商(殷)は列島の国の祖でもあるから。日本人として商(殷)の国を大切にしたい。 原姿力発想 商 了。