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12亥考2 天翔る最期の王亥1

亥→子 12circleは<循環する時間>である。


チベットの鳥葬。


一日がはじまり一日が終わる。 今日もまた、太陽は昇り沈む、そしてまた明日は昇るだろう。

月は欠け、また満ちては欠ける。秋になれば葉を枯れ落とし、春にまた新芽が生え、新緑が生い茂る。

人も自然の一部であり、人類の創るはじめの暦も時を循環をする。

自由に羽ばたいて、どこか遠くへ飛び立った鳥はまた、時が経てばまた、

くりかえし空から舞い降りる。



亥年から子年へ 12circleを循環する。最期の「亥」造形は、亡くなった状態なのか、獣なのか。

次に甲骨文字「亥」の十二支以外の意味として刻まれた甲骨文字を考察する。

 

「王(隹亥)」               「王亥」    それは王の名前であった。

「亥」造形は隹造形の中にある。

この意味は「鳥葬」を意味するとされる。


火葬でも土葬でもなく、鳥葬を画いた造形の鳥の中に「亥」造形は刻まれていた。



 甲骨文字の原姿「亥」は、十二支以外の用例でも「亥」が刻まれていて、唯一「王の名」を持ち「王亥」として登場する。さらに鳥+亥(鳥神・風神)造形があり、甲骨文には「王亥」と同人物として祀られている。

亥は一説に呪能をもつ獣とするが、造形は獣というより、首枷をつけた「方」造形に近く、更に王亥は神(鳥神/風神)として、甲骨文に刻まれている。しかし原義は不明とされ確実な定説はない。祀られた人神のようにもとらえることができる。亡くなった偉人か、不慮の死を遂げて、祭られた人神か。


 この王亥に見える鳥葬は、亡骸を皆で山へ運び、敬意をもって空へ羽ばたくように鳥葬されたといわれる。現代においても、チベットの鳥葬は高僧や偉人に対しての追悼の祭祀であるという(※観光地になって近年は変化してしまっているが)。現代社會においては鳥葬は刑法に抵触するが、古代では神聖な葬祭として特定の限られた人物に齊行されたようだ。死後、鳥葬されて空高く召されれますように祈ったり、その後の再生と輪廻転生を願ったのかもしれない。獣葬や、風葬などで、自然に還す儀礼は、この自然界との直接的なつながりを強く感じさせる。「死」に対して「喪に服す」期間を重視する殯(もがり)の祭祀は、我が国の皇室でも重要な祭祀とされている。「死」とはなにか?「終わり」とは何か?



レヴィ=ストロース翁曰く、「世界は人間なしにはじまり人間なしに終わるだろう」と。もし終わるとしたら、その終わりをいったい誰が見届けられるのだろうか。終わりを見届けるのは人間なのか、ケモノなのか。


この「亥」造形のカタチは何か。十二支の最終造形「亥」の文字は、どのような發想で生み出されたのか。そして何を意味しているのか。


死と再生を象徴する世界の物語のなかに「鳥」に関する説話が多くのこされている。


ラテン語のavesは 「鳥類」を意味すると同時に「祖先の霊」、あるいは「死者の魂」をも意味したという。古く霊魂が鳥の形をとるということは、インド・ヨーロッパ諸国では広く一般に信じられていた。ローマの皇帝たちは自分の火葬用の積みまきの上にワシを放って、自らの霊魂を天界に運んでもらい、それで神格を得たともいわれている。古くから文字を祭祀として発想した、同じく古代の神聖王朝であるエジプトには聖なる鳥ホルスの説話がある。


エジプトでは、タカはヘル〔ホルス〕と、ヘル〔ホルス〕のこの世の姿である王、の霊魂を表す鳥であった。それから、タカはすべての霊魂の中のバーbaと呼ばれる部分を表し、バーは死後も思いのままに行来できて、墓を自由に出入りした。ピラミッドには穴があいている。それはバーが出入りできるよう通路として竪穴墳墓、本来は死者の霊魂である鳥が出入りできるようにとあけられたものであったという。


 霊魂を表す鳥は火葬にされた肉体からも生まれ、それがエジプト神話に入って、不死鳥となった。不死鳥は人間のときもあれば火の鳥のときもあった。不死鳥Phoenixはギリシア語で「フェニキア人」 Phoenicianを意味した。

 聖王たち霊魂は炎から再生して天界へ飛刻した。

そしてこのことがもとになって、エジプトの不死鳥神話が生まれたのである。不死鳥は定期的に自らの身を火葬に付して、その灰から再生した。不死鳥崇拝者は、不死鳥のそうした聖なる儀式を通して神と一体となり、同じく天界へ飛翔する力を得た。

死ぬということを表すのに「飛ぴ去る」と言った。


紀元前のユダヤ人哲学者フィロン(Philon Alexandrinus)は

「賢人たちは周行する太陽やのことを思い、他の惑星や恒星について歌を歌う。その肉体は低く大地につながれてはいるが、その霊魂は翼をつけ、エーテル層をさまよいながら、そこにいる神々について深く思いに沈む」と。今日なおヨーガの夢幻の境、あるいは脱肉体体験として知られている霊魂飛翔は、何ひとつ妨げることができず、霊魂はすべての空間を突き切って飛翔しながら、遥かかなたの最も速い天体へと昇っていくとされた。




マヤ人やアステカの聖職者たちは、羽の衣を着ていた。


それは霊魂を容易に天界へ運ぶ、という機能を持ったものであったといわれている。


鳥は地界と天界の間を自由に行き来するために、いたるところで、霊魂を天界へ運ぶものと考えられたと同時に、天使の使者であり、予知を与えてくれるものであり、神秘の秘密を持っているものと思われた。


ハシボソガラスとハゲワシは霊魂を天界へ運ぶ鳥であった。

コウノトリは霊魂を地上へ連れもどして人間を再生させる鳥であった。

イスラムでは、鳥は特別な天使のシンボルであるともされる。


魂を運ぶ説話は世界中に数多の説話があり、数え切れない。

すべてを検証したらものすごい物語の数になるだろう。


「亥」は最期の時間であるとともに、再生へ向かうときでもあった。

羽の生えて空へ飛ぶ、それは復活や輪廻転生、生まれ変わりの観念となって

古代から現代まで、さまざまに語られる。


次に我が国で「鳥」の観念をみていこう。。。つづく…

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